【1】旧石器時代の発見と岩宿遺跡

今回は日本史フルマラソン第一弾です。ここから長きにわたるフルマラソンが始まります。それではご覧ください。

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相沢忠洋と岩宿遺跡

1946年、考古学者の相沢忠洋は、群馬県の関東ローム層から黒曜石でできた石器を発見する。
ここで発見された遺跡は、約35000年ほど前のものとされた。
当時の日本では、35000年も前には人類など住んでいなかったと考えられていたため、そういった定説を覆した。
こうして発見されたのが、岩宿遺跡である。
岩宿遺跡からはナイフなど多くの物が出土し、文化財に登録されたものも多数あった。

旧石器時代の人々の暮らし

当時は、日本と大陸が陸続きになっていた。
当時の人々はナウマンゾウやオオツノジカなどを狩って食料にして生活していた。
そこで、そういった獲物を追って大陸から日本へと人類が渡ってきたといわれている。
この頃には、黒曜石やサヌカイトを打ち欠いて作った打製石器と呼ばれる石器が用いられていた。
初めはナウマンゾウなどの大型生物を狩っていたが、やがて絶滅したため、中小動物が獲物となっていった。
また、魚を獲っていたとも考えられている。
当時の人々は、竪穴住居と呼ばれる、地面を掘り下げて造った家に住んでいたとされており、この竪穴住居は奈良時代ごろまで使われていたとされている。

さらに、この頃は氷河期と間氷期を行ったり来たりしていたため、かなり寒冷な気候となっていた。
氷河期には大陸と陸続きになり、間氷期には海面が上昇して島国となった。
死者埋葬風習や、航海技術もあったとされており、一概に文明が遅れていたとは言えない。

さて、いかがだったでしょうか。今回は日本史フルマラソン第一弾として、旧石器時代の解説をしました。
次回は「縄文時代の遺跡と暮らし」となっております。
お楽しみに!

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