こんにちは。今回は倭の五王についてお話します。倭の五王と聞いて、何を思い浮かべますか?そもそも倭の五王をご存じでしょうか。倭の五王についても詳しくは不明なのですが、簡単にいうと中国の歴史書に書いてある倭国の5人の王の事です。それでは、ご覧ください。
目次
倭の五王① 讃
まずは一人目、讃である。
讃は応神天皇、仁徳天皇、履中天皇のいずれかとされ、詳しくはわかっていない。
二人目の王、珍の兄とされる。
倭の五王は史料が極めて少なく、話す内容もかなり少ないが、ご了承していただきたい。
倭の五王② 珍
二人目は珍である。
珍は彌とも呼ばれ、反正天皇とされる説が有力だが、一方で仁徳天皇とする説もある。
宋書では安東将軍と呼ばれる。
倭の五王③ 済
三人目は済である。
允恭天皇とする説が有力で、四人目の興、五人目の武の父でもある。
彼も珍と同様に、宋書で安東将軍と記されている。
倭の五王④ 興
四人目は興である。
安康天皇とする説が有力で、五人目の武の兄である。
彼もまた、安東将軍とされている。
倭の五王⑤ 武
五人目が武である。
武は雄略天皇とされ、朝鮮半島の国々に対して優位に立つため、478年、宋に使いを送ったとされている。
これを受けた宋の順帝は武を安東大将軍と呼んだ。
いかがだったでしょうか。倭の五王については少し触れる程度なので短くなってしまいましたが、次回は磐井の乱についてです。乞うご期待!


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